fruit kubik
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ほんの200~300年前まで、ダイヤモンドは硬すぎて加工しにくく、宝石としては「三流の石」扱いだった。
16世紀、いちばん高価だったルビーと比べたら1カラットあたりの価格は、8分の1に過ぎなかったとか。
そんな日陰のダイヤが脚光を浴びるのは、17世紀になって、「ブリリアント・カット」が開発されてから。
しかし、ダイヤの価格は一定しない。
19世紀に入って、南アフリカで鉱山が次々と発見されるや、供給過剰となり、価格の暴落を招いた。
このとき巨大な資本を注入し、強引に鉱山を束ねて、市場を安定させたのが、ユダヤ人の
ロスチャイルド家だった。
そして、20世紀。「ダイヤモンド王」アーネスト・オッペンハイマーが登場する。
1880年、ドイツのタバコ商人の子として生まれた彼は、17歳でロンドンのダイヤモンド・ブローカーに
入社し、南アで原石の買い付け担当をしたのち、経緯はよくわからないが、金の採掘で得た資産を
元手に、1920年、ダイヤモンド業界に舞い戻り、原石販売のカルテルを構築する。
彼が歴史に名を残せたのは、過剰となりつつあったダイヤを「希少なもの」に見せかけ、高価格で
安定させることに成功したから。
その手腕は「限りなく詐欺師に近いビジネスマン」といわれた。
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